言葉が止まらん夜があってなディランが一気に踏み込んだ、その瞬間の話やと思うんよ

言葉が前に出すぎた夜のあとで
ほんまに鳴っとったもんは、たぶん別のとこにあったんよな

トゥーム・ストーン・ブルースの話やねんけど、説明しよう説明しようと思えば思うほど、文章って角ばってしもて、肝心の揺れみたいなんが抜け落ちること、ようある気がするんよ。

この曲、まず耳に飛び込んでくるのは、マイク・ブルームフィールドのギターで、うまいとか洗練とかじゃなくて、休む気ゼロで突っ込んでくる感じがあって、、、。ディランが「B.B.キングみたいに綺麗に弾かんでええ、もっと荒れてええ」って言うた、いう話も、そのまま音になっとる気がする。歌詞が何言うてるか分からん、って言われがちやけど、分からんまま押し流される感じ自体が、この曲の正体なんやろなあと思う。

出てくる人物もな、洗礼者ヨハネやらガリレオやら、セシル・B・デミルやら、教科書と映画館と聖書がごちゃっと一緒に放り込まれてて、整理する気なんか最初からない。でもそれが適当か言うたら、そうでもなくて、偉い人も賢い人も、結局は同じ混乱の中で右往左往しとる、っていう皮肉が、さらっと投げ込まれとる気がするんよね。

歌詞の並びも、ちゃんと意味を追うより、映像が次々切り替わるのを眺めてる感じで、ケルアックとかギンズバーグの、あの息継ぎせん文章に近い湿度がある。
当時のアメリカが、どこ向かっとるか分からんまま、でも止まられへん、そんな空気をそのまま吸わせてくる、みたいな。

録音はニューヨークのコロムビア・スタジオAで、しかも「ライク・ア・ローリング・ストーン」の直後にこれが来るやろ。もう一回アクセル踏むんか、っていう配置で、アルバム全体が前のめりになる。アウトテイク聴くと、迷いながら形探しとるのも分かって、完成版が余計に生々しく聴こえる。

最後の「王の図書館員」が飛び込んで、服焦がして終わるとこもな、説明したら説明できるんやけど、説明した瞬間に逃げてまう感じがして、知識も秩序も、もう役に立たんところまで来てしもた、っていう諦めだけが、ぽつんと残る。

フォークやロックって区切りも、この曲の前ではあんまり意味なくて、ボブ・ディランが、言葉と音を抱えきれんまま放り投げた、その瞬間に立ち会っとる感じがすします。固く説明するより、ちょっと身を預けて聴く方が、たぶん近い。

よかったら『Highway 61 Revisited』、通しで流して、何も考えん時間つくるのもええと思う。

by果物ボブ

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