嵐からの隠れ場所
Bob Dylan “Shelter from the Storm”
外は風が強い。
雨までは降ってないけど、
街の音が少し荒れている夜。
グラスを並べ終えて、
ボトルを一本戻す。
その動きに合わせるみたいに、
ディランの声が静かに流れはじめる。
’Twas in another lifetime, one of toil and blood
それは、もうひとつ前の人生の話。
血と労苦にまみれた時間。
ディランはよく、
人生を“何度も生きてきた”みたいに歌う。
この曲もそう。
若さも、怒りも、理想も、
全部通り過ぎたあとに残った声。
Come in, she said, I’ll give you shelter from the storm
「中に入りなさい」
「嵐から守ってあげるから」
この一行だけで、
世界が少し静かになる。
ここでいう “she” は、
恋人でもあり、
信仰でもあり、
人が人を信じた、ほんの一瞬の記憶みたいなもの。
永遠じゃない。
でも、確かにあった。
I was burned out from exhaustion, buried in the hail
疲れ果てて、
雹に埋もれていた。
ディランの言葉は大げさやけど、
感覚はすごく現実的。
もう何も背負えない状態。
それでも立っているだけ、みたいな夜。
そんなときに、
「隠れ場所」が現れる。
I bargained for salvation and she gave me a lethal dose
救いを求めたら、
致死量を超えた「救い」を渡された。
この一節があるから、
この曲は甘くなりすぎない。
守ってくれる存在は、
同時に人を壊すこともある。
それでも彼は、
その時間を否定しない。
ワインを一口。
派手さはないけど、
静かに広がる味。
喉を通って、
体の奥に落ち着く。
この曲も同じ。
励ましじゃない。
解決もしない。
ただ、嵐の音を少し遠ざける。
Now there’s a wall between us, something there’s been lost
壁ができて、
何かが失われた。
でも彼は、
それを責めない。
「あったこと」を、
ちゃんと覚えているだけ。
If I could only turn back the clock to when God and her were born
神と彼女が、
同時に生まれた頃まで戻れたら。
この曲のいちばん静かな祈り。
信仰と愛が、
まだ同じ場所にあった時代。
戻れないと分かっていて、
それでも思い出す。
夜も、だいぶ静かになった。
巣鴨の通りを走る車の音も、
間があくようになってきた。
この曲が終わる頃、
嵐はまだ外にある。
でも、中は落ち着いている。
それで十分。
🎧 今夜の一曲
▶︎ Bob Dylan “Shelter from the Storm”
▶︎ アルバム『Blood on the Tracks』
🍷 今夜のワイン
派手じゃない赤。
酸があって、
少しだけ影があるやつ。
嵐を止めるわけじゃないけど、
中で待つ時間を、ちゃんと支えてくれる。
ディランはこの曲で、
「救われた」とは言わない。
ただ、
“守られた瞬間があった”と歌う。
人生にはそれで足りる夜がある。
風が止むのを待ちながら、
グラスを持って、
静かに座っていればいい。
