この焦げが、魚のスープを美味しくする。

スープ・ド・ポワソンの話

スープ・ド・ポワソンの仕込みは、毎回ちょっとした祈りに似ている。

鍋の底で、魚と時間が焦げていく。
あの香ばしい匂いは、海がもう一度息をする音みたいだ。

焦がした瞬間にしか出ない香りがある。
焦がすことでしか見えない色がある。

「焦げ=失敗」なんて言葉は、
この鍋の前ではまるで無力や。

焦げこそが、旨味の記憶。
魚が海を泳いでいた時間の残り香。

火を弱めるタイミングを逃すと、ただの苦味になる。
でも、ほんの少しだけ攻めると、
そこにしかない “海の焦げ” が生まれる。

その一線を越えるか越えないか、
料理はいつも、その境目の上で呼吸している。

木べらをあてるたび、鍋の底に張りついた焦げが溶けてゆく。
トマトの酸とオリーブオイルの甘みがそれを包み込んで、
いつのまにか、鍋の中に「海」ができている。

波が立って、静かに香る。
それを嗅いだ瞬間、もう誰もしゃべらなくなる。

焦げは、間違いじゃない。
焦げは、旨味の “影” や。
誰も見ないところで、ゆっくりと積み重なっていくもの。

人もスープも、同じやと思う。
焦げた分だけ、深くなる。

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