難波の入口で、ずっと回り続けているもの。

南海なんば駅の入口。
人の流れに押されながら歩いていると、
たいていは、そのまま通り過ぎてしまう。

けど、
ふと上を見上げると、
歯車みたいなレリーフがある。

羽の生えた車輪。
「羽車(はぐるま)」。

ただの飾りやと思われがちやけど、
あれは南海電鉄が、
長い時間をかけて背負ってきた印や。


羽車というマークの話

羽車は、南海電鉄の旧社章。
鉄道が、
速さと力、
そして信頼を象徴で語っていた時代のデザイン。

車輪は運ぶこと。
羽は広がること。

いまみたいにロゴを頻繁に変える時代やなかったから、
このマークは、
そのまま「南海」という存在を表していた。


1932年の南海ビルと、この場所

この羽車が残されている南海ビルは、
1932年(昭和7年)に完成した建物。

当時の最新技術と、
街の玄関口としての重みを、
しっかり背負って建てられた。

戦争も、空襲も、
再開発もくぐり抜けて、
羽車だけは、
同じ場所に残された。

駅は変わっても、
人の流れが変わっても、
これだけは動かさなかった。

その判断が、
なんか、ええなと思う。


目立たへんけど、なくなったら困るもの

南海なんば駅は、
毎日、ものすごい人数が通る場所や。

急ぐ人。
迷う人。
帰ってきた人。

その全員の頭の上で、
羽車は、何も言わずに、
ただそこにある。

街も、駅も、
こういう静かな部品でできてる。

声は小さいけど、
いちばん長く働いてる存在かもしれへん。


今日も、ちゃんと回ってる

実際に回っているわけやない。
でも、意味としては、
ずっと回り続けている。

難波に来たら、
たまには足を止めて、
少しだけ上を見てほしい。

南海の入口で、
いちばん古い記憶が、
今日もそこにある。


もう少し知りたくなった人へ

この羽車や南海ビルみたいに、
「街に残された印」が気になった人には、
このあたりの本がちょうどいい。

鉄道と都市の関係を知るなら

『日本の駅舎 残しておきたい駅舎建築100選』
駅が、単なる通過点やなく、
街の顔としてどう作られてきたかがわかる一冊。

大阪の街の時間を辿るなら

『大阪の近代建築と企業文化<新なにわ塾叢書2>』
南海ビルのような建物が、
どんな時代の中で生まれ、残ってきたかを知れる。