ただ川の流れを見ているだけで
“Watchin’ the River Flow”(1971)——この曲は、
「動き続けること」しかできなかったディランが、
初めて“止まること”を歌った曲。
「ただ眺める」という境地にたどり着く。
夜そのものが少し冷たくなってきた。
店を閉めて、窓の外をぼんやり眺める。
もう電車も走っていない。
巣鴨の夜を吹き抜ける風に、
張りつめた空気を感じる。
スピーカーから、
軽やかなブルース・リズムが流れはじめる。
What’s the matter with me,
I don’t have much to say.
昔のディランなら、
言葉で世界を変えようとしていた。
でもこの曲では、
「もう言葉はいらない」と笑ってる。
沈黙の中に、
ほんの少しの自由がある。
People disagreein’ everywhere you look,
makes you wanna stop and read a book.
街はいつだって、意見でうるさい。
誰もが誰かを正そうとしている。
だけど、彼はもう立ち止まる。
“本を読む”でも、“川を見る”でもええ。
とにかく、無理に動かんでいい。
この“流れを見てるだけ”っていう態度、
ワインにも似てると思う。
冷やしすぎず、
待ちすぎず、
ただ香りが立つまで待つ。
But I just sit here so contentedly,
watchin’ the river flow.
ただ座って、川の流れを見ている。
ディランはこの曲で、
「行動の詩人」から「観察する詩人」に変わった。
もしかしたら、
それがほんとうの成熟なのかもしれん。
ワインを一口。
グラスの中で、
液体がゆっくりと回っていく。
川と同じように、
止まらず、でも急がず。
巣鴨の夜も、
誰かの笑い声と日常の我慢、
遠くで流れる音楽が、
ただ続いていく。
それを眺めてるだけで、
少し安心する。
If I had wings and I could fly,
I know where I would go.
彼は“もし翼があったら”と言いながら、
結局どこにも行かない。
川の流れを見つめながら、
その“流されない自由”を味わってる。
この曲を聴くと、
人生の流れの中で、
“泳ぐ”でもなく“沈む”でもなく、
ただ“見てる”という選択があることを思い出す。
それって、
悪くない。
🎧 今夜の一曲
▶︎ Bob Dylan “Watchin’ the River Flow” – Amazon Music
▶︎ 『Bob Dylan’s Greatest Hits Vol. II』 – Spotify
📘 『Lyrics 1962–2001』(Amazon)
🍷 今夜のワイン
リベイロ・ガルナッチャ 2020(楽天市場)
果実味が豊かで、
流れるように軽い口あたり。
飲みながら、川を眺めるように、
何も考えず、ただ味わう一本。
ワインの残り香と、
ディランの声のかすれたブルースが、
夜の静けさにゆっくり溶けていく。
流れは止まらない。
でも、いまはそれを
見てるだけでええ。
