星の道と傷のあと──Where Are You Tonight?

Bob Dylan / Street-Legal (1978)

ミランの灯りを落として、最後の皿を拭いていたら、
店の奥の方で、雨粒がガラスを叩く音がした。
巣鴨の夜は、遅くなると街全体が深呼吸するみたいや。
そんな時に聴きたくなるのが、ディランの “Where Are You Tonight?”。

“There’s a long-distance train rolling through the rain”
遠くで列車が雨の中を走り抜ける情景が、
深夜の店の静けさにそのまま溶けてくる。

“Tears on the letter I write”
手紙に落ちる涙。
胸の奥のどこかが、少しだけきしむ。


雨の匂いと、漂う誰かの影

“There’s a woman I long to touch and I miss her so much
But she’s drifting like a satellite”

触れたいのに触れられへん距離。
近くにいたはずなのに、いつの間にか軌道の外側を回ってる、
そんな誰かの影。

巣鴨の商店街も、夜が深まるとたまにこういう気配を運んでくる。
誰もいないのに、誰かがすぐそばにいるような、
妙にあたたかいような、冷たいような空気。


熱の底でうごめく光

“And a lonesome bell tone in that valley of stone
Where she bathed in a stream of pure heat”

“pure heat”。
言葉だけで景色が焼けてしまうような一節。
石の谷間に響く時計のような鐘の音の孤独さは、
ミランの深夜の空気にも近い。

営業が終わって、人の声が消えたあと、
部屋の奥にほんのり残る熱気。
誰かの笑い声がまだ漂っているような時間。


過去の影、未来の匂い

“I left town at dawn, with Marcel and St. John
Strong men belittled by doubt”

夜明け前の逃げるような出発。
強いはずの男たちも、疑いに押しつぶされていく。
巣鴨の駅前で朝方すれ違う人の影に、
少し重なる瞬間がある。

“He took dead-center aim but he missed just the same”

狙いが定まらん夜もある。
何をしても裏目に出るような日。

“She could feel my despair as I climbed up her hair
And discovered her invisible self”

絶望を見抜かれてしまう時間。
言葉がなくても伝わる距離。
それがありがたい時もあれば、しんどい時もある。


世界がざわつき、夢が崩れる音

“There’s a lion in the road, there’s a demon escaped
There’s a million dreams gone, there’s a landscape being raped”

夜って、ときどき外の世界が全部敵に見える。
夢がどこかで千切れて落ちる音まで聞こえるような、
そんな荒れた空気。

“As her beauty fades and I watch her undrape
I won’t but then again, maybe I might”

「しない」と言いながら、「するかもしれへん」。
人の心の揺れは、こういう曖昧さの中にある。


夜を越えたあと、やっと見えるもの

“There’s a new day at dawn and I’ve finally arrived”

この一行で、空気がふっと変わる。
深夜の仕込みを終えて、
外の空が少し白んでくる瞬間と同じ色をしている。

“If I’m there in the morning, baby, you’ll know I’ve survived
I can’t believe it, I can’t believe I’m alive”

生き残るだけで精いっぱいの日もある。
今日もなんとか越えたな、と小さく息を吐く時間。
巣鴨の静かな朝に溶けていくディランの声は、
夜の傷跡にそっと手を置くみたいに優しい。


夜のお供に

ここに、僕が夜に聴いたり読んだりしてる “ディランまわり” を置いときます。
必要な人だけどうぞ。
(URLだけ差し替えればそのまま貼れます。)

  • Street-Legal(ストリート-リーガル)
  • ボブ・ディラン全詩集 1962-2001

ミランの営業後、
ワインの余韻が残る部屋で聴くディランは、
すこしだけ違う顔を見せてくれる。


Text by Bob MyLan
巣鴨のワインバー店主より